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長野簡易裁判所 昭和44年(ろ)17号 判決 1969年5月17日

被告人 鶴田与呂壬

昭七・三・二六日生 修理工

主文

本件公訴を棄却する。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、昭和四四年二月二一日午前八時五分ころ、須坂市米持橋上の積雪又は凍結している道路において普通貨物自動車を運転通行するに際し、タイヤチエンをとりつける等すべり止めの処置を講じないで運転したものである。」というのであつて、右は反則行為に該当するが、道路交通法一二五条二項四号に該当し、非反則者であるとして、告知、通告を経ずに本件公訴が提起されたものであつて、司法巡査作成の捜査報告書によれば、前記日時に前記場所で被告人運転の右自動車と本堂義雄運転の普通貨物自動車とが衝突し、被告人が全治一四日間を要する右膝部捻挫の傷害を負い、かつ双方の自動車が損壊する交通事故が発生したことを認めうる。

およそ、道路交通法一二五条二項四号の「当該反則行為をし、よつて交通事故を起こした者」といわれるためには、反則行為と交通事故との間になんらかの因果関係の存することが要求されるところ、この因果関係の存否は、たとえば傷害致死罪におけるそれのように、ある結果に対する原因力ある行為に対して実体法上直接に刑事問責を指向する場合と異なり、告知、通告を経ないで公訴提起ができるという単なる訴訟条件の存否を決するに過ぎないものであつて、その存在の結果として刑事問責される行為も、因果律とは無縁の、交通事故という結果から切断された形式犯としての反則行為そのものである。従つて、この場合の因果関係は、実体法のそれとは自ら異つた範囲で思考しうるものであつて、専ら、交通反則通告制度の趣旨、目的に照して決せられるべきものである。大量に発生している自動車等の運転者の道路交通法違反事件を警察官をして劃一的に選別し、迅速適確に処理せしめるためには、当該反則行為が交通事故発生の一条件であれば足りるものと解することによつて、客観的、具体的かつ一律に因果関係の存否が決せられるべきである。即ち「もしも、その反則行為がなかつたとすれば、その交通事故は生じなかつたであろう」と考えられる場合に、その反則行為と交通事故との間には因果関係があり、道路交通法一二五条二項四号に該当するものとすべきである。

ところで、被告人の当公判廷における供述、司法巡査作成の実況見分調書、被告人および本堂義雄の司法巡査に対する各供述調書、証人本堂義雄の当公判廷における供述を総合すれば左の事実が認められる。

米持橋の上は、幅五・九五メートルのアスフアルト舗装をした平たんな道路であるが、前記日時には約二センチメートルの積雪が凍結し滑り易い状態にあつた。被告人は、そのとき普通貨物自動車(軽四輪)を運転してその橋上道路の中央を南下していたが、南方から橋の入口に差しかゝつた本堂義雄の運転する普通貨物自動車を約三六メートル先に発見したので、ハンドルを左に切り自車と道路中央との間に約三〇センチメートル以上の間隔をとり、対向車とのすれ違いにそなえて徐行に移つたところ、本堂は、橋にかゝる直前が左にまがる上り坂であるのに時速二、三十キロメートルで坂を上り切り、橋にさしかゝつたとき始めて約三六メートル先の被告人の車を発見してあわてゝ急ブレーキを踏み、ハンドルを左へ切つたが、惰性によつて自車を僅かに右傾方向に滑走せしめ、双方の間隔が約一九メートルに接近した地点でその車体の一部を道路中央の右側に進出させた。しかし、被告人には、対向車が滑走しているようには見えなかつたので、同人は、自己が道路左側を徐行していることではあるし、そのうち対向車が左にハンドルを切つて進行し、余裕をもつてすれ違いできるものと信頼して、時速五キロメートル位(殆んど停止する位の速度)で進行していたが、対向車がなおそのまゝの態勢で直進接近して来るので、驚いて急ブレーキを踏んだところ、一メートルも進行しないで直ちに停止した。その瞬間、双方の車の右前角が衝突し、(このとき本堂の車は道路の中央から約八七センチメートル右側に入つていた。)両人ともブレーキを踏んでいたにもかかわらず、本堂の車は僅かに前進し、被告人の車は約九〇センチメートル押し戻された。このとき、双方の車にはともにタイヤチエンを取付けてなかつた(反則行為)。

右事実により、被告人の右反則行為が、前述の意味における右衝突事故の条件となつたかどうかを検討するに、被告人は、衝突直前に至るまで道路左側を徐行していたのであるから、この段階では、この反則行為は、右事故に何らの条件を与えていない。被告人が急ブレーキを踏んでから停止するまでの距離は、長くみても一メートルに足りなかつたのであるから、かりにタイヤチエンを取付けていたためにそれが短かくなつたとしても、両者の差は一メートルに足りなかつたであろうことは明らかである。しかるに、衝突によつて運動エネルギーを消耗したはずの両者が、ブレーキがかゝつたまゝの状態で、なお本堂の車は僅かに前進し、被告人の車は約九〇センチメートルも押し戻されたのであつて、この事実から、かりに被告人の車にタイヤチエンが取付けられていたため一メートル足らず早目に停止したとしても、本堂の車がそこまで滑走して衝突し交通事故が起きたであろうことが確実に推認されるのである。又、被告人が、他の対応処置を講じようとした際に、タイヤチエンが取付けてなかつたことが支障になつたとも認められないし、道路左側を徐行していた被告人に対して、この上他の対応処置までも要求することは、難きを強いるものといわなければならない。そうすると、右反則行為があつてもなくても、右衝突事故は発生したであろうと認められ、両者の間には因果関係が存在しないものというべきである。

他に、被告人が、道路交通法一二五条二項一号乃至三号のいずれかに該当する者又は同法一三〇条に該当する場合であることを認めることができない。

よつて、本件公訴の提起は、同法一三〇条の規定に違反したため無効であるといわなければならないから、刑事訴訟法三三八条四号により主文のとおり判決する。

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